TR-ORIGIN
第1話「TR」
『ウルフ2からホテル9-9どうぞ』
『こちらホテル9-9』
『目標到着。これより攻撃用意に移る、どうぞ』
『タイムチェック、タイムチェック。確認。作戦コードチェック、確認。承認する。続けろ、ウルフ2』
『ウルフ2、了解』
「動くぞ」
「分かった」
二人の兵士がもぞもぞと森の見晴らし台から動いた。二人共ギリースーツを装着し、高い偽装率を出している。
ある程度見晴台から離れると二人は走った。途中でギリースーツを脱ぎ捨てて草むらに放り投げる。
山岳迷彩に身を包んだ二人は所属を表すワッペンなどその類のモノは一切装備していない。
「ここで待機だ」
一人の兵士がそう言うともう一人も立ち止まった。
そこへ4人の兵士が集まってくる。合計で6人の兵士たちは作戦を確認しあう。
「目標が麻薬工場内に入ったのを確認した。通常査察ならば後30分の猶予が有る。作戦を確認する。俺、フィル、ハワードの3人は突入部隊だ。工場南の搬入口から突入しろ。オイヴァは狙撃支援に入る。残りのフィー、アリアはLZ(ランディングゾーン)の確保。
すでにモニカが現地作業員に扮して潜入中。彼女の工場内電源喪失工作を待って行う。」
作戦を確認していた隊員、ジャンはHK416のマグプルマガジンを確認、装填しなおして無線をつなぐ。
「こちらウルフリーダー、バードウォッチ応答せよ」
『こちらバードウォッチ、どうぞ』
「問題ないか、モニカ」
『皆無。無事電源室に辿り着いたわ。警備は至って手薄。カルロス・マルセロは今工場長室で工場長と会話をしているところ。電源カットまで1分。バードウォッチ、アウト』
電源カットまで1分、そう聞いた隊員らは全員腕時計のストップウォッチ機能を作動させて1分を計る。
きっかり1分で薄暗いスラム街を照らしていた工場の光が消え、街は闇に包まれた。
「作戦開始、作戦開始」
スリングショットを3人の隊員が工場屋上に向けて撃つとロープが飛び出して工場の屋上に突き刺さった。3人はカラビナをそのロープと結んで準備を整える。
ロープは45度の角度で張られ、滑走する。30秒程度で屋上に到達すると今度はその南端まで移動し、ロープを垂らして滑り降りた。
搬入口にはアメリカ製のトレーラーが数台並んでいる。トレーラーにはマルセロエクスプレスと書かれており、この工場が偽装された麻薬工場であるということを表していた。
深夜ということで作業員は屋内の麻薬製造従業員のみという情報がモニカからは来ている。他に居るのはマルセロに雇われたギャングまがいの警備員たちだ。
搬入口は閉じられており、電子管理のセキュリティパッドが壁面に埋め込んである。
素早くジャンはそれに近づいて作戦部の作成したウォールクラッシャーと呼ばれるハッキング端末をそれに繋いだ。
USBでセキュリティパッドと端末が接続されると自動的にセキュリティウォールを破壊していく。
3秒ほどで搬入口のシャッターが開いた。
「GO、GO」
サプレッサーを装着したHK416を構え、ジャンはポイントマンとして動いていく。
工場の一本通路を歩いて行くと電源が回復した。
『バードウォッチよりウルフリーダー。電源が予備電源に接続されたわ。私は先に脱出する。幸運を』
「ウルフリーダーよりバードウォッチへ。了解。気をつけろ。アウト」
電源がついたことで前方から話し声が聞こえてきた。
「いやぁ、停電か?予備電源に切り替わったな」
「全く、焦らせんなってんだ」
最低二人、そう確信したジャンは後方から追随するハワードにハンドサインで敵2名、前方と伝えた。
ジャンは思い切って前方のやや通路より幅広な休憩室のような場所に飛び出た。
たばこを吸っていた警備兵の一人がジャンに気づいたが、5.56mmNATO弾で脳幹を削られて死んだ。
もう一人の方は振り向く前に同じく5.56mm弾で脳みそを外にぶちまけた。
「制圧、制圧。作戦継続」
スリーマンセルの彼らTR01オペレーションアルファにはこの程度のゴロツキは敵ではない。
そもそもTR、TestRaidforce(試験的襲撃部隊)は近年の凶悪化する犯罪やテロ行為に対しての抑止力となるべく国際連合の元に結成された。
安保理の決議を必要としない対テロ特殊部隊として存在し、国連加盟国であればどこへでも展開できる能力を有する。
本来国際連合軍として位置づけられるものだが、国際連合軍レベルの組織ではないためその位置にはない。
TRはチームが01~10まで存在し、全てに役割が存在する。
TR01:1番隊。隊員数は30名前後。基本的な作戦をすべてこなす。
TR02:2番隊。隊員数は40名程度。TR01のサポートの他、単独でも作戦行動を行う。
TR03:3番隊。隊員数は40名程度。
TR04:4番隊。隊員数は40名程度。
TR05:爆発物処理班。隊員数は20名程度。
TR06:NBCテロ対応専門部隊。隊員数は20名程度。
TR07:水中工作部隊。隊員は20名程度。
TR08:車両部隊。50名程度の隊員。
TR09:要人護衛チーム。20名程度。
TR10:市街地戦(MOUT)専用チーム。20名程度。
彼らは太平洋上の海上プラントに本拠地を据え、各地への派遣体制を整えている。
隊員は主に国連加盟国の軍および治安組織より出向という形をとっており、全員が全員プロである。
民間人もいくらか企業より出向している。
2017年頃に結成されたTRは2018年現在、世界各国でもよく知られた対テロ組織である。
もちろんテロ組織はTRの撲滅を謳っているがそれが叶うことはないだろう。
TR01オペレーションアルファチームはTR01リーダー、アレン・フォスターの選抜した実働部隊である。
15名で構成され、各作戦ごとにリーダーが変わる制度を採用している。
事前にモニカより届けられていた工場の詳細なデータをインプットした腕のウェアラブルコンピュータを見ながらジャンは進む。
「この先が梱包室だ。ここは作業員がいるから避ける。迂回路を通るぞ。右側の出口から外に」
ドアノブを回してすぐに室外へと出る。梱包室の窓から明かりが漏れ、話し声も聞こえる。
ジャンはハンドサインで屈めと合図を出して室内の人物に見られぬよう進む。
しばらく進み、今度は窓を開いた。そこは用具室で誰も居ないのだ。
そこから3人はするりと身を中へ入れて無事梱包室を迂回することに成功した。
工場長室はこの彼らの居るエリアに有る階段の2Fだ。
ハワードがこの階段に残り、後方を確保する。
フィル、ジャンの両名は拳銃に持ち替えて階段を音を立てぬように登る。
登り切ったところで工場長室から話し声が聞こえてきた。
「LSDの供給量は?」
「需要に見合っております、ミスターマルセロ。アメリカ麻薬市場はまだまだ開拓できます」
「君の工場がトップの生産高だ。頼むぞ」
「ええ、もっとご期待に添えてみせます」
工場長室のドアは薄い金属製で、蹴り破れそうに見えた。ジャンとフィルは両サイドに取り付いてフィルが蹴り破れとジャンが合図を送る。
フィルは了承してドアの横に張り付き、左足で思い切り蹴り破った。
ジャンは素早く中に突入し、工場長を射殺する。フィルは突進してマルセロを組み伏せた。
「うがっ!」
「手錠かけるぞ」
フィルは腰のホルダーからゴムの手錠を引き抜いてマルセロにかけ、猿轡をかませた。
「ウルフリーダーよりホテル9-9。キングポーンを確保、繰り返す。キングポーンを確保した。ヘリを要請する、どうぞ」
『ホテル9-9よりウルフリーダー。キングポーン確保了解。撤収ヘリ、LZ到着まで推定5分』
-5時間後 AM7:00 コロンビア首都ボゴダ エルドラド国際空港-
7人組の集団はカフェの一角に座って飛行機を待っていた。
「いやぁ、モーニングはコーヒーに限るわねえ」
そう言いながらずずず、とブラックを啜るのはモニカ・ブラウンだ。CIA出向のエージェント肌の女性兵。
「目が覚めるわー。警察ン時からお世話になりっぱなし」
モニカの隣でブラックを啜るのはフィオナ・ウィンチェスター。アメリカのSWATチームより出向している元米陸軍の女性兵士。
「断じて、断じて否だ。朝は紅茶に決まっている!」
イギリス訛りの英語を操る男はスコーンをかじりながら紅茶をすすっていた。
フィル・ハーバティ。SAS出向の男性兵士。
「何でもいい。目が覚めればな」
そのとなりで美味そうにホットドッグにかぶり付いているのはジャン・クルーガー。ドイツ陸軍KSK出向の男性兵士。
「あ?酒に決まってんだろう!」
「馬鹿野郎飲むなって朝から!」
酒を飲もうとしている大男がフィンランド海軍から出向しているトゥーッカ・オイヴァ・ユーティライネン。
それを止めるのはフランスGIGN出向の黒人兵士、ハワード・キースである。
それを静観しつつクロワッサンをかじっているのがアリア・グルーバー、ドイツ連邦陸軍の所属で父親は現役の陸軍将官だ。
「・・・そろそろ飛行機が来るぞ。全員ケツ上げろ」
ジャンの声掛けで全員立ち上がって外の滑走路へと出て行った。
エプロンにはTRの所属を示す部隊章があしらわれたC-17グローブマスターが駐機していた。
TRの所有する兵器の一つで、彼らはこの機を使って全世界へ展開することが可能なのだ。
元は米空軍の所有物だったが国防費削減のあおりを受け、TRへと渡ってきた。
7人はグローブマスターの後方ハッチから機内へと入っていく。
彼らの戦いは序章である。