カチンカチン、とP8のダブルカラムマガジンに9mmルガー弾を装填していく。
TR本部が用意してくれる弾丸は面白い事に弾薬に一切の刻印が入っていない。
TR保有機の重機関銃などは別だが自分たち隊員が持てる携行小銃に使われる弾は刻印なしの弾丸だ。
莢底に口径を表す刻印が入っている以外に出自を表す表記はない。
もちろんこれらはルガー社やその他もろもろの正規工場で作られる弾薬だがTRの特注になる。
番号が振られていないこの弾薬を使用すればTRの作戦行動は明るみには出ないという寸法だ。
狙撃手なんかは自前で弾薬を作るらしいが、そこまで精度を追求する気はない。
「よし、と」
装填が終わったのでP8にマガジンを差し込んでスライドを引いて弾を入れた。
銃が息を吹き返す。
ゆっくり構えてサイトを見る。
ターゲットは人型の白黒。
よくあるマンターゲットだ。
狙いをすまして心臓を狙って速射。2発撃ちこむ。
反動を利用して頭部を。
それを何度か繰り返す。
スライドオープンが弾切れを表した。
俺は空のマガジンを排出して銃を置いた。
ブースのスイッチを押せばマンターゲットが手元に戻る。
命中率はまずまず。悪くない。
俺はP8の空マガジンをポーチに入れてP8をスライドリリースしてセイフティをかけ、ホルスターに仕舞った。
装飾具に命を燃やす隊員は大勢いるが俺は気にしていない。
中国製のマガジンキャリアを使えと言われれば装備する。
だがホルスターはドイツ連邦軍時代から使ってるのが気に入っているのでそのままだ。
最近軍からP99とP22用のホルスターを調達したのでこれらも使う予定だ。
そして元妻が軍時代に贈ってくれたセイコーの軍用ウォッチも。
ポーチを腰に回してベルトに固定。
もう夕方だし食堂で腹ごしらえでもしよう。
シューティングレンジを出るとちょうど作戦を終えたTR03のブラックホークがヘリパッドに着陸した。
確かカスピ海を航行するASA信者のクルーザーを襲撃したはずだ。
M95バレットを背中に背負って降りてきたオイヴァは左手に何やら狩ってきたらしい動物を引きずっていた。
オイヴァ、トウーッカ・オイヴァ・ユーティライネン。フィンランド人の妙な狙撃手だ。
「今から焼くぞ!」
『ウォー!』
TR03は大盛り上がりで結構。ヘリの整備班を巻き込んだ大BBQを始める気らしい。
俺は今日はやめておこう。
油がキツすぎるからな。
食堂でとりあえず簡単なディナーをプレートに載せる。
ここのコックも推薦された隊員でたしかイタリアかフランスだか日本だかのエリートコックだとかなんとか。
美味いのでそこそこ評判だ。
テーブルで飯を食いながら元妻から送られてきた娘の写真を見てなごむ。
残念ながら写真を送りたいが基地内全域で撮影はNG。妨害電波が出されていてとでもではないが送れない。
「よぉジャン。隣座るぞ」
「ん、ああ、どうぞ。ここは喫煙席だが」
ハート、フレディ・ハーデンバーグ少尉。
イギリスのSIS出身でありながら米海兵隊フォースリコンにも所属していた経歴を持ったTR01エリート隊員の一人。
「もっとマシな服ないのか」
「気に入ってるんだよ、ほっとけ」
しかし21世紀にカウボーイスタイルとは、いやはやアメリカかぶれなのだろう。
カチャカチャとナイフとフォークの音が響く。
「昨日の映画、見たか?」
ハートが切り出したのは昨日衛星でやってた古臭い刑事映画だ。感想を述べる。
「ありゃひでえ。指にトリガーかけたまま走り回るなんて危険にも程がある」
「言えてる」
ハートは笑いながら
「だがあれはあれで面白いだろ?」というので頷き
「娯楽作品としてはな」
俺とハートはささっと飯を食い終わり、そのまま基地のバーに向かった。
バーはボトルキープが可能なほどしっかりしている。
たまに酔った隊員が他の隊員のボトルを飲んで水とすり替える事件が多発してる。
俺とハートは別に入り浸るわけでもないし酒はたしなむ程度でキープはしていない。
実際安いウィスキーやらスコッチ、ワインで十分だ。
アルコールは取り過ぎも良くないが多少の摂取は体を癒す。
「この間のサンクトペテルブルク、ひどい結果だったな」
ハートの切り出しに答え
「ああ。TR02のジェイドは相当切れてたみたいだな」
「いや、ジェイドが冷静に切れるのはいつものことだ。多少なりとも隠しているのはすごい。俺だったらブチ切れてる」
ハートがスコッチを口に運びながら答える。
「そっちではなく、ほらブルコバ姉妹だったか?両方死んじまってよ」
「ああ、そっちか。可哀想に。助けることは出来なかった」
もう人の死に慣れすぎているのかもしれない。
「仕方ないだろう。突然だったらしいし」
バーに一人また入ってきた。
TR03のオイヴァだ。
この男は大酒飲みでウォッカをらっぱ飲みするパフォーマンスをよくやる。
「よぉ、TR01ご両人。横いいか?」
「ああ、いいよ」
ハートがスツールに置いていた帽子を手にとって被って席を開けた。
どすんと座ってテキーラをそのままで注文してコップに注いでちびちびと飲み始める。
部屋の奥から歓声と落胆の声があがった。大方、TR03のヴィル、クルツ・ヴィルヘルムが誰かからポーカーで金を巻き上げたに違いない。
「ウチの妖精、見てねえかな?」
オイヴァがいう妖精とはTR03の紅一点のフィオナ・ウィンチェスターだろう。
「いんや。どうせあの女はトレーニングジム篭りだろ?」
俺の答えにオイヴァは納得し
「だろうな」
と答えた。
TR01のクラブハウスに戻ると共有の休憩室に人の気配がしたので入ってみた。
ハートはそのまま寝ると自室へ。
「おーぅ、ジャン。どうだ、美味そうだろ」
「イギリス人でもマシな料理が作れるんだな。いや、冷凍か?」
フィルがピザを持っていたので皮肉った。
フィル・ハーバティ、SAS出のかなりヤバイ(色んな意味で)衛生兵担当のTR01の兵士の一人。
「てめーイギリス人なんだと思ってんだ。チャーチル投げつけんぞコラ。あっ、サッチャーでもいいか」
「まぁ待って待って」
奥の共有キッチンから出てきたのはモニカ・ブラウン。
日本のジエイタイから来ているハーフ。
「そのピザは確かに冷凍物。でもマルコ(TR01戦闘機操縦手)が帰郷した時に持ってきた本場物よ。良い香りでしょ」
確かにバジルだかなんだか知らんが空腹を誘う匂いなのは確かだ。
チーズも効いていて香ばしい。
「で、こっちがモニカオリジナルクッキー。試食をどうぞ」
手に持っているクッキーはよくあるホームメイドクッキーで所謂家庭の味っぽい見た目だ。
モニカは非番の時にコーヒーショップで仕事をしているというのでまぁ味は保証できるだろう。
1つつまんで食べる。
サクサクしていて美味い。娘に持って帰りたいというと
「つぎの非番の前日に言って。大量に焼いてあげるわ」
モニカの言う大量はまさか軍用レーション並みに多いのではないか、と心配になった。
「おいおい、このピッツァもメチャウマだぞ?」
フィルが箱を手にしながら片手でピザを頬張り、チーズが伸びる。
「あんま騒ぐと誰かがお前のケツに鉛弾ぶち込みにくるぞ」
と俺が冗談めかして言うと
「冗談にならんぜそれ!ハートを起こした時なんかコンバットナイフで追いかけられそうになったからな」
その話はハートがソファで寝ているのに気づかなくてフィルが酔って踏みつけたという内容だったはずだ。
フィルはピザを平らげると紅茶を入れ始めた。
「フィル、良い銘柄ね」
「フォートナムメイソン、高いんだぞこれ。経費で買ったけど」
モニカが呆れた、という顔をしたが
「まぁクッキーに合うし。全員分淹れてよね。あ、ジャンは要る?」
「もらおうかな」
どしっとソファに座る。
フィルは3杯の紅茶を淹れてテーブルに置いた。
「ウン、上出来だ。イギリス人にしか出来ないんだぜ」
と言いながら紅茶をすすった。