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TR ORIGIN 第3話「過去2」

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TR ORIGIN 第3話「過去2」

-2009年10月29日 アフガニスタン・ヘルマンド州 バザール-

時計は午後11時20分を過ぎた。

作戦開始時刻は11時25分。

事前ブリーフィングによればアフガニスタンがかつてタリバン政権だった頃、政府国防担当大臣付き審議官を務めていた「ラフマーン・アジャミ」という男が

ヘルマンド州のバザールの一角にある商業ビルに潜伏していると情報が入った。

当時ヘルマンド州での救援物資補給作業に従事していた俺達はそのバザールと目と鼻の先に展開していた。

偶然にもちょうどその頃首都カヴールではタリバンゲリラの大攻勢があったために米軍と英軍はそちらに急行し、ヘルマンド州に展開しているのはドイツ軍とオーストラリア軍だけだった。

もっと言えばオーストラリアSASもカヴールに急行したためヘルマンド州で緊急事態に対応できるのはドイツKSKと俺達だけだったことになる。

よく考えればよく出来た状況だ。



「KSK到着まであと20分です」

「待てんな。アジャミは移動用意を始めている」

オッズマン大尉はビルの窓からアジャミの潜伏しているとされる商業ビルを見ていた。

「ヴォルフからヘッドクォーター。届け物は現在回収されようとしている。動いてもいいか、どうぞ」

『こちらヘッドクォーター。KSK到着まで待て』

「待てない。行動の裁可を」

『・・・了解、許可する。届け物は壊すな、繰り返す壊すな』

「ヤボール」

無線回路を閉じるとオッズマン大尉はすぐさま展開していた部隊に攻撃開始を伝えた。


俺に伝えられたドイツ本国の国防総本部の出した作戦は

まず商業ビル屋上からのラペリングは練度的に不可能と判断。

よって普通機動部隊である俺たちは1Fからの突入を余儀なくされる。

1Fから外へとでられる窓付近に兵士を配置し、ドアは突入後封鎖する。ビル自体を封鎖するわけだ。

突入隊は3F建てであるビルを10分以内に制圧する。

ラフマーン・アジャミはおそらく3Fに居ると推測されるが詳細は不明。

護衛は10名程度というのが事前の偵察によって確認されている。

正直言って当時は疑いもしなかったが、多少教訓を得た今の自分が思うのは「超絶無謀且つ阿呆な作戦」

そもそもCQB訓練をたいして受けていない俺達が投入された事自体おかしかった。

オッズマンは国防総本部にコネがあったんだろう。


「ドヴァイ、ツヴァイ、アイン、ゴー!」

突入係がドアを蹴破り、カバー担当がすぐさま中にフラッシュバンを投げ込む。

パンッ、と炸裂音が響いて俺達は突入した。

MP5サブマシンガンを構え、アイアンサイトに一人の覆面の男を捉える。

3点バーストで9mm弾がそいつの頭を砕く。

銃声があちこちで響いた。

「クリアクリア、被害知らせ!」

「ウェーバー伍長右足負傷!後送用意!」

「了解、こちらオッズマン大尉だ。負傷していないものは2Fへ!」

そのまま2Fに上る階段に駆け上ると階段上から手榴弾が転がり落ちてきた。

「グラナート!グラナート!」

爆発でうちの隊のマイハイムが吹っ飛んだ。

「マイハイム!」

俺が駆け寄ると頭を振りながらマイハイムは起き上がった

「大丈夫だ!先へ進もう!」

2Fですでに銃撃音が響いている。

俺達も早く行かなくては。

爆裂で焦げた階段を駆け上り、通路に入った。

銃撃戦は収束しており、3Fへの突入を開始するところだった。

「負傷者は!」

「ゼーレン軍曹が重傷です!」

「後送しろ!」

オッズマンは常に先を歩いていた。

当時俺は馬鹿にも勇敢な男だと思ったものだ。

うちの隊のベルガウ軍曹はオッズマンの後方に立っていた。

「3Fへ行く。決死隊前へ!」

オッズマン筆頭に俺たちの隊が引き連れられていく。

3Fに登り切ったところでオッズマンが叫んだ

「銃をおろせ!銃をおろせ!ベルクマン!」

ベルクマンは隊付きの翻訳の出来る兵士でイスラム系のドイツ兵だ。

彼はイスラム語で何やら叫ぶと俺の見えない位置からイスラム語で怒号が響いた。

階段をようやっと登り切るとアジャミとその護衛たちが部屋の奥に居た。

「銃をおろせ!おろせ!」

ベルガウ、ミューラー、俺、マイハイム、そしてベルクマンとオッズマン、そして他の分隊。

全員が銃を奴らに突きつけていた。

護衛とアジャミもAKをこちらに向け、今にも撃ちそうである。

「銃を降ろせ!」

ベルガウが叫び、一歩進む。

「銃をおろ-」

一発、銃声が響いた。

「-えっ、あっ」

ベルガウはそんな言葉にもならない声を出して倒れた。

撃ったのはオッズマンだ。腰のP8拳銃で横に居たベルガウの喉を撃った。

虐殺が始まった。

まずベルクマンがMP5でそばに居たミューラーの頭を撃ちまくった。

アジャミの護衛は他の分隊を撃ちまくった。

俺はわけが分からなかった。

とにかく自分も撃たなくては、と。

まず倒れるミューラーの向こう側に居たベルクマンを撃ち殺した。

気づいたオッズマンは俺に2発目のP8を撃った。足にあたった。

痛みをこらえながら俺はMP5をオッズマンに向けて撃った。

腹部に弾は当たったがおそらく防弾だろう、彼はぐっ、と言ったが立って俺に3発、4発と立て続けにP8を撃ってきた。

両肩を撃たれたところで俺はぶっ倒れ、失血で意識を失った。




-11月3日 AM11:25 ドイツ・ベルリン 連邦軍病院-

「グラーク少尉、君がこれから設問する隊員は-」

「ジャン・ジークハルト・クルーガー3等軍曹。事前に情報は見てるわ」

「そりゃ失礼。彼は病室だ。昨日目覚めたらしく記憶が混濁している。じゃあ少尉、頼んだぞ」

上官のクルト少佐は私にそう言い残して場を後にした。

私がすべき事はクルーガー軍曹に当時何があったのかを聞き、彼がオッズマン離反に加担していたかを問いただすこと。

当時3F現場に居た人物で生き残ったのはクルーガーのみ。他の隊員は死亡もしくは頭部に激しい銃槍を受け脳死したか植物人間の状態に追い込まれた。

一昨日ICUをでたばかりの人物だ。気が滅入っているだろうけど私の仕事上、それを考慮することはない。


4Fの個室の札には「ジャン・ジークハルト・クルーガー3等軍曹」と書かれており、ドアの脇にはMPが二人。

「少尉、フラウ」

MPは私を呼び止めるとIDの提示を要求してきた。

「一応決まりですし、重要参考人ですので」

「わかっているわ。これでいい?」

IDを見せるとMPは無線機で許可が出ているかを確かめてから私を中に通した。


扉を開けるとベッドの上に両肩を包帯で巻かれた男性が起き上がってテレビを見ていた。

「あー、グーテンモルゲン、ヘル・クルーガー?」

「・・・ん?」

彼はこちらを向いた。

無精髭が生え、目は若干疲れで落ち込んでいるがそこそこイイ男だ。

「どうも。私は連邦陸軍の監査部から来たアレクシア・グラーク少尉よ。ジャン・ジークハルト・クルーガー3等軍曹に間違いないわね?」

彼は、ええ、と頷いて

「監査部が何用ですか」

と聞いてきた。

「10月29日、アフガニスタンのヘルマンド州で行われた作戦について聞きたいことがある。拒否することはできない」

「はぁ」

「まず、単刀直入に聞くわ。あなたはヘルマン・オッズマン大尉と共謀し、重要指名手配犯のラフマーン・アジャミを逃した上に同胞を射殺した?」

彼は目に見えて怒りを増幅させた。

「馬鹿な!オッズマンとは共謀などしてない!断じてだ!ふざけるな!」

「でも都合のいいことに生き残りはあなただけよ。オッズマンとアジャミは逃走。あなたの分隊ともう一つの分隊は全滅した。全員戦死よ」

彼はその言葉にひどく驚いた様子で

「そんな・・・くそ、そんなことがあって・・・」

と、ブツブツと言い始めた。

「とにかく、あなたは今裏切り者の嫌疑をかけられてる。理解しなさい」

「俺は裏切ってなんかない。少尉さん、証明してくれよ!」

「いいえ、悪いけど証拠が何一つないんじゃあなたは同胞に撃たれ、オッズマンに捨てられたようにしか見えないわ」

「くそ、どうして!」

彼はバンッとベッドに備え付けの机を叩いた。

MPが素早く中に入ってくる。

「お怪我は、少尉殿」

「ないわ。下がってて」

MPは私の命令に従い、ドアの警備に戻った。

「あまり荒立たしくすると立場が悪くなるわ。止めなさい」

「・・・わかった」

「・・・?聞き分けがいいのね」

「正しさを証明したい。少尉さん、あんただけが頼りだからな」

彼は懇願するように私の目を覗きこんだ。

「では、あなたは裏切っていないと?」

「そうだ」

「あなたは誰に撃たれたの?」

「オッズマン大尉だ。P8でな。カルテを見てくれ。どうせ持ってるんだろ?」

「あなたから摘出された拳銃弾は9mmルガー弾。線条痕はどの落ちていた9mm拳銃とも一致せず」

彼はなるほどと呟いた。

「そりゃそうだろう。オッズマンが持ち帰ってる。軍の、軍の線条痕の履歴は?」

「まだそこまでは」

「なら頼むよ少尉さん。あんただけが頼りだ」

そうやって言われてしまうと仕事は抜かり無くやっておきたい私としては調べるほかなかった。

「わかった。数日待っていて」



ベルリンの連邦国防省に戻った私は早速、オッズマンが当日使用していた官品のヘケラーウントコッホのP8のデータを洗った。

それにはまずアフガニスタン駐留軍の責任者、グスタフ少将に確認を取らなくてはいけなかった。

「グスタフ少将でいらっしゃいますか?私、ベルリンの本省勤め、監査部のアレクシア・グラーク少尉ともうします。実は先日のヘルマンド州における作戦について資料が欲しかったのでお電話させていただきました」

『グラーク少尉、その件に関しては全面的に協力しよう。何がほしい』

「作戦当日、投入班の指揮官だったヘルマン・オッズマン大尉の使用していた拳銃の線条痕のデータです。軍の登録で存在しているはずです。そのデータの参照許可を」

『承認しよう。監査部付に添付メールを送らせる』

「感謝します」

『私としてもジャン・クルーガーが裏切り者ではないと信じたいのだよ』

「・・・なぜです?」

『彼の父親は空軍の准将だ。それに彼自身、この間4台の戦車を破壊した英雄だ。英雄の息子もまた英雄であってほしい』

「・・・なるほど」

『良い知らせを待っている。それでは』



データは翌日送られてきた。私個人ではそれを調査できないため、監査部の調査班に送付して検証待ちとなる。

その日一日フイにするわけにも行かないので私は再度、クルーガー軍曹を尋ねることにした。

「こんにちは、クルーガー軍曹」

「こんにちは、グラーク少尉殿。進捗は?」

「いいえ、ないわ」

彼は見るからにしょげ返った。

「でも一応線条痕のデータは取り寄せてある。だから調査は進んでいる」

「そうですか。恩に着ます」

「あなたが無罪かどうかはわからないけど無罪ならお礼して欲しいわ。労力を費やしているのだから」

そう言うと彼は

「じゃあ美味しいお店でも」

「いいわ。高いところね」

「軍曹の給金でまかなえる程度に、ね」




「なんでですか?そんなに時間が?」

『ああ。他の件で時間が10日かかる』

調査班の方から電話があったがこんな調子だった。

「調査終了まで後7日しかないんですよ」

『じゃあこの男は運がなかったってことにして見捨てちまえよ』

「それは私の道理に反するわ」

『道理ねぇ。天下の監査部一怖い女性兵士ってのがずいぶんとしおらしくなって』

「五月蠅いわね!5日!5日でやりなさいよ!」

『努力はする』

電話を切ると、私はヘルマン・オッズマンのデータを洗うことにした。

「ヘルマン・ディートリヒ・オッズマン。旧ドイツ民主共和国陸軍出身者…。東ドイツ人だったのね」

彼の軍記録はまず東ドイツ陸軍から始まっていた。

東独崩壊統一後に現在の師団に併合配属を受けている。

「古参にして元東ドイツ人。臭すぎるわ……」

本来、元東ドイツ人だからと差別してはならない。しかし、旧共産圏人であるということが今回の浦霧に継ったのではないかと邪推してしまう。

彼のファイルを見る上でもう一つひっかかった。添付されていた東ドイツ軍時代の写真である。

にこやかに笑う若いオッズマン。そのとなりには見覚えのある軍人が微笑ましい顔で写っていた。

「ハンス・ベルクマン!?」

思わず叫んだ。ハンス・ベルクマンとは旧東ドイツ軍に在籍していた国家保安省、シュタージの工作員である。

1989年にベルクマンはベルリンの壁崩壊を見るやいなや統一に燃えるベルリンのシュタージオフィスを脱出し、中東へと逃げた。

彼が持ち去ったものは当時米と西独が求めた所謂「シュタージファイル」の一部であり、彼らは血眼で探した。

しかしベルクマンは中東の砂嵐に消えた。

今もなおドイツ連邦政府に行方を追われており、国際指名手配された重犯罪人である。

そのベルクマンとオッズマンは同じ部隊だった。そして最近ある噂がある。

ドイツ人がアフガニスタンのタリバンで指揮官をしている、と。

ドイツ連邦情報局BNDの調査によればそのドイツ人は初老の人物で非常に頭のキレる人物であるということだった。

何故そんないい加減な情報なのかといえば当の人物の情報察知能力が高すぎて捜査できない、そういう反応だった。

その彼がベルクマンであり、今回オッズマンを引き入れるべく今回のことを画策したとなればかなり重大な出来事である。

しかし状況的にはその彼をベルクマンとしても良さそうなものであった。




「ドイツ連邦共和国、陸軍。ジャン・クルーガー3等軍曹」

連邦軍司法裁判を代行するライプチヒにある連邦行政裁判所の議場の一つにジャンは被告として出席していた。

「はい」

「貴官は反政府勢力制圧作戦にオッズマン陸軍大尉の計略に騙され参加、負傷した。間違いはないか」

「間違いありません」

「貴官はオッズマン大尉の離反を事前に知り得たか?」

淡々と裁判官が質問を出し、答える。

「Nicht(ニヒト)。不可能であります」

「貴官は裏切り者の一人ではない、間違いないか」

「はい。私は連邦共和国政府を裏切ってはいません」

「ここに陸軍憲兵隊監査部、アレクシア・グラーク少尉の提出したオッズマンファイルが存在する」

裁判官はそれを手で示してみせた。

「加え、グラークファイルなるクルーガー軍曹の弁護をする書類もあるからこれを読み上げる」

裁判官はそれを開いて読み始める。

「ジャン・ジークハルト・クルーガー3等軍曹の体内から摘出された9mmパラベラム弾2発の線条痕はアフガニスタン駐留ドイツ軍のデータベース上のヘルマン・オッズマン大尉のものと一致。

またヘルマン・オッズマン大尉がある人物と接触した可能性があることを軍基地の憲兵が証言した。その人物はハンス・ベルクマン」

部屋が騒がしくなった。ハンス・ベルクマンを知らない高級軍人はそうそういない。

「ハンス・ベルクマン、説明を省きたいところだが。ハンス・ベルクマンは1968年東ドイツ出身。東ドイツ軍のコマンド部隊に参加しつつシュタージの

軍内部工作員を務めた。現在逃走中。オッズマンは東ドイツ軍のコマンド部隊時代に奴と知り合った可能性が存在する。そしてアフガニスタンにおいて

接触した可能性がある。憲兵によればオッズマンは時々基地に現地のドイツ人を招いていたという話だ。なんともうかつな話であるが。オッズマンは

ともかくベルクマンと共謀し、ラフマーン・アジャミの脱出を手助けしたとグラークファイルから本法廷は決定した。それに伴い、ジャン・ジークハルト・クルーガー3等軍曹は無罪。加えて離反者オッズマンに

対して抵抗した功績を認め、1等軍曹に昇格を命ず。本法廷は以上にて閉廷する」




これが2010年1月10日に決定された「オッズマン事件」の判定であった。


-2010年1月12日 午前11時25分ベルリン 国防省前-

軍のドレスジャケットに身を包んだアレクシア・グラークはセイコーの時計とにらめっこをしていた。

「予定時刻より早く着すぎてしまった……」



裁判の後、グラークはジャンに会いに行った

「無罪おめでとう」

「やぁ少尉さん。あなたのお陰ですよ」

「さぁ、約束通り美味しいお店に連れて行ってもらいましょうか」

彼女がそう言うとジャンはにっこり笑って

「ええ、もちろんです。明後日の午後12時、ベルリンの国防省前で待ち合わせを」


私はしばらく時計を見ていた。30分以上前についてしまったので暇を持て余している。

ジャン・クルーガーなる人物を裁判をやる上で調べた所、かなりの軍人家系だということがわかった。

まず父親は現役の空軍将校。祖父はナチ時代の国防軍で戦車部隊を率いて戦後も西ドイツ軍の戦車師団の創設に関わっていた。

私自身、父親は陸軍の将校であるし祖父はナチ時代に海軍で潜水艦の乗組員をしていた。親近感がわく。私は早いうちに陸軍の士官学校に入ったから年齢も私のほうが2個うえで

恋愛対象としても問題は無い……じゃない。何を思っているのだろう、私は。

これまでガリ勉だったから恋愛にはとんと疎かった。母親が早くになくなったのも一因だ。父親の軍人家庭で育ったがゆえ、自分も軍に身をおきたいと思った。

だけども運動神経がなかったので事務勤めしかできなかった。それでも私は軍に身を置けて満足している。そして父親は結婚を進めようとしている。

すでに自分の管理下の部隊の士官を何度かお見合いに引っ張り出している。が、私は一度も受けたことはない。

「あれ、早いですね」

後ろから声をかけられた。そこには陸軍の同じタイプのドレスジャケット、淡いグレーのジャケットに紺のトラウザース。

赤いベレー帽。結構特徴的な連邦軍の正装を身にまとったクルーガー軍曹が立っていた。何らかしらの用事で国防省に召喚されていたのだろう。

「あ、お互い制服になっちゃいましたね。目立つんだよなぁ」

「お洒落してくれば良かったかしら?」

「結構好きですけどね、俺」

引け目なくそんなことをいう彼。

「ごはん、行きましょうか」


店は近所だというので歩いていくことにした。どちらにせよ二人とも公共交通機関で移動しているから歩いていく以外はタクシーしかなかった。

赤いベレー帽二人はかなり目立っていた。そして互いに制服をパリッと着ていたので異様だっただろう。

会話がなかった。



店は流行りの日本料理を出す店だった。Sushi、そんなようなものだった気がする。

「ベルリンにできたって聞いていきたかったんですよ」

「軍曹、あなたは日本に行ったことが?」

「ええ。妹が今日本の大学に留学していて去年行きましたね。そこでスシを食べたんですがおいしくて」

「ははぁ、なるほど。おいしいの、その……」

「スシです少尉。スシ」

「スシ。なんなのかしら、それは?」

「ナマモノですね。魚です」

スシ、魚。そういえば広報課の女性隊員たちがヘルシーだとかなんとかと騒いでいたような気がしてきた。

「食べてみたいわ」

「入りましょう」

布の下がった扉をくぐって中に入るとオリエンタルな雰囲気の店が現れた。

あとあと聞いたことであるがベルリンにオープンする日本料理店のかなりが中国人や韓国人が経営しているらしいのだが、クルーガー軍曹が選んだ

この店はちゃんとした日本人が経営している店だったらしい。


奥まったところの二人用ボックス席に座った。なにやら暖かい布が店員から渡された。

「これは?」

「手をふく布です。日本文化です」

そういいながら軍曹は手をその布で拭った。ならって私もぬぐう。ぬくもりが心地よい。食事をする前に心を落ち着かせる効果がある。

「さて、食べるものは勝手に選んでかまいませんか」

「ええ、お任せするわ」

今気づいたのだが自分の座っている左側、なにやら小さいベルトコンベアがある。そこをおそらくスシ?というものが皿に乗せられて流れていた。

面白い。

「ではまずこれを」

そういって軍曹が私の前に置いたのは赤い身のスシだった。

「これは?」

「マグロです少尉。マグロ」

「マグロ?ツナってこと?」

「そうです。それのナマモノ、サシミです」

「どう食べるのか、教えてほしいのだけれど」

「ええ、もちろん」

彼はまず小さい皿に何やら黒い液体を瓶から注ぎ始めた。

「ショーユです。大豆でできてます。日本ではポピュラーなソースです」

「ソース」

「はい」

彼はそそぎ終えると何やら二本の木の棒を手に持ってスシを掴んで数回、ショーユに触れさせて口へと運んだ。

「……と、これが一連の流れです」

「その木の棒は?」

「ああ、すいません。ハシです。日本の食器です」

「なるほど」

おっかなびっくりで私もコンベアから一皿取ってハシを何とか握り、スシを掴んだ。

「あっ、上手ですね」

「ど、どうも」

慎重にそれをショーユに触れさせて口へと運ぶ。

「……美味しいのね、スシ」

「喜んでもらえて何よりです」


いくらかスシを食べた頃に軍曹がテーブルに封筒を差し出した。

「部外秘なんですけど少尉には伝えておきたくて」

「何かしら?」

日本茶をユノミですすった後に封筒を手にとって開けてみた。

中の書類は簡単に要約すると

-KSKへの入隊を許可する-

「すごいじゃない。おめでとう」

「全部あなたのお陰ですよ」

「恥ずかしいわね、なんか」

軍曹は何やら思いつめたような顔をすると

「少尉、迷惑でなければいいですか」

「何?」

「俺と付き合ってもらえませんかね」

「いいわよ。まだ時間はあるし」

そう言うと彼は困った顔をして

「いえいえそういう意味じゃなくって。ほら、お付き合いです」

という。

「えっ、ああ……えっ」

すぐに理解できなかった。25にもなって何をやっているのだろうか、私は。

「恩義とかよりもグラーク少尉、あなたの心意気に惚れてしまったわけです」

「あな……あなた段階も何もないのね」

「ああ、よく言われます」

しかし彼は真面目な顔をしていた。

本気なのだ。

「……いいわ。お付き合い、しましょう?」

これが私の結婚の引き金を引くセリフだったのだ。





-2018年 某日 AM7:25 ドイツ首都ベルリン-

微睡みの中で私は目が覚めた。

胸をもまれていることに気がついたので手をはたいておいた。

「いてて」

「朝からはやめて」

「ごめんごめん」

結婚8年目にしてこれであるので相当なバカップルだと思う。

ジャン・ジークハルト・クルーガーの妻、アレクシア・クルーガーとして私は彼を支えなくてはいけない。

幸いジャンは私に軍属を退けとは言わなかった。だから私は言葉に甘え、今は憲兵隊監査部監査室長になった。

ジャンはKSKを経験して国連の特殊部隊に参加し家に帰ることは少ない。だけどそれでも私は彼を支える。





















































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